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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)2598号 判決 1990年6月28日

控訴人 富士タウン開発株式会社

右代表者代表取締役 髙本修

右訴訟代理人弁護士 新壽夫

被控訴人 甲太郎

右訴訟代理人弁護士 秋山幹男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴人の本件土地所有権取得

(一) 別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)は、もと訴外戊川松蔵が所有していた。

(二) 訴外乙花子(中華人民共和国(以下「中国」ともいう。)の国民)は、昭和二一年九月一四日ころ又は昭和二二年五月二二日ころ、戊川松蔵から本件土地を買い受け、所有権を取得した。

(三) 乙花子は、昭和五一年一一月三日、上海市で死亡した。

(四) 本件土地は、乙花子の夫である被控訴人、両名間の子である甲一郎、甲二郎、甲三郎、甲花枝の五名が共同相続した。

すなわち、相続の準拠法は被相続人の本国法であるが、乙花子の死亡した昭和五一年当時、中華人民共和国には相続に関する成文法は存在せず、司法権を行使する人民法院が不文法を適用していたものであるところ、上海市高級人民法院は、昭和五一年一二月二九日、乙花子の在日遺産の相続につき、「中華人民共和国の法律によって、前記五名が共同相続する」旨を証明したから、右五名が共同相続したものである。

また、中華人民共和国継承法(一九八五年四月一〇日、第六期全国人民代表大会第三回会議で採択。同年一〇月一日から施行。以下「一九八五年中国継承法」という。)は、その施行前の相続であっても、未処理のものについては適用されるべきものとされているところ、同法三六条は、「中国公民が中華人民共和国外にある遺産を相続したときは、不動産については不動産所在地の法を適用する。」旨を定めているから、本件土地の相続については日本法が適用されることになり、前記五名が共同相続したものである。

(五) 右共同相続人五名は、昭和五六年一二月八日、協議により本件土地を被控訴人の単独所有とすることに合意した。

仮に、右協議が有効でないとすれば、被控訴人を除く四名が被控訴人に本件土地の持分を贈与したものである。

2  控訴人により本件土地占有

控訴人は、乙松夫の子である乙田五郎、乙田八郎から本件土地上に存在する別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)の共有持分合計六四分の八を譲り受けて本件建物を共有し、本件土地を占有している。

3  よって、被控訴人は、本件土地の所有権に基づき、控訴人に対し、本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを求める。

二  請求原因に対する控訴人の認否

1  請求原因1(被控訴人の本件土地所有権取得)について

(一) 同1(一)の事実(戊川松蔵の所有)は認める。

(二) 同1(二)の事実は否認する。本件土地を戊川松蔵から買い受けて所有権を取得したのは、乙花子ではなく、父の乙松夫であり、その日時は昭和二二年五月二二日である。なお、乙花子の国籍は認める。

(三) 同1(三)の事実(乙花子の死亡)は認める。

(四) 同1(四)のうち被控訴人主張の者の身分関係は認めるが、被控訴人主張の五名が本件土地を共同相続したことは争う。

仮に乙花子が本件土地を取得したものであっても、中国法によれば、その死亡により、父乙松夫と子の四名が相続により本件土地を取得したものである。

すなわち、乙花子死亡当時、中国で土地の私有が認められるかも疑問であるが、これを肯定するとしても、当時の中華人民共和国婚姻法(一九五〇年四月一三日中央政府人民政府委員会第七次会議採択。同年五月一日公布即日施行。以下「一九五〇年中国婚姻法」という。)一四条によれば、「父母と子は相互に遺産を継承する権利がある。」と規定されており、成文法が存在したものであるから、被控訴人の主張は誤っている。また、一九八五年中国継承法の在外資産の相続に関する抵触規定が遡及的に本件に適用されることはありえない。

(五) 同1(五)の事実(遺産分割協議)は知らない。

2  請求原因2(控訴人による本件土地占有)について

同2の事実は認める。

三  控訴人の抗弁(占有権原)

仮に、乙花子が本件土地を所有していたとしても、

1  賃貸権

(一) 訴外丁川竹蔵は、戊川松蔵から本件土地を本件建物所有の目的で賃借していた。

(二) 乙松夫は、昭和二一年九月一三日、当時の本件建物の所有者丁川竹蔵から右賃借権及び本件建物を譲り受けた。

(三) その後、乙松夫の子の乙田五郎、乙田八郎らが本件賃借権及び本件建物を承継し、さらに、控訴人は右両名から本件土地の共有持分及び本件賃借権の持分を譲り受けた。

2  地上権の設定

(一) 乙松夫は、乙花子が本件土地を取得したとき、乙花子から本件土地につき、本件建物の所有を目的として地上権の設定を受けた。

(二) その後、乙田五郎、乙田八郎らが右地上権を承継し、控訴人は右両名から右地上権の持分を譲り受けた。

3  使用貸借

(一) 乙松夫は、乙花子が本件土地を取得したとき、本件建物所有の目的で、本件土地を無償で借り受けた。

(二) その後、乙松夫は死亡したが、本件建物には、その取得の直後から、乙竹子、乙花子のほか丙川梅子母子も住んでいたのであって、乙花子はこの事実を認識し、かつこれを認容していたものであるから、このような場合は、借主が死亡しても使用貸借契約は終了せず、建物の承継人に承継されるものと解すべきである。乙松夫の相続人は、右使用貸借による使用権原を承継し、被控訴人もこれに異議を述べなかった。

そして、乙田五郎、乙田八郎らが本件建物を相続し本件使用貸借による権利を承継し、さらに、控訴人が右両名から本件使用貸借による権利を譲り受けた。

四  抗弁に対する被控訴人の認否及び主張

1  賃貸借について

(一) 抗弁1(一)の事実(丁川竹蔵の賃借権)は知らない。

(二) 抗弁1(二)のうち、本件建物の承継の事実は認めるが、賃借権の承継の事実は否認する。

仮に、乙松夫が丁川竹蔵から賃借権を承継したとしても、乙花子が本件土地を取得した時点で、乙松夫は、賃借権を放棄したものである。

(三) 本件建物が控訴人主張のとおり承継されたことは認めるが、賃借権の承継の事実は争う。

2  地上権について

(一) 抗弁2(一)の事実は否認する。

(二) 抗弁2(二)のうち本件建物の承継に関する事実は認めるが、地上権の承継に関する事実は争う。

3  使用貸借について

(一) 抗弁3(一)のうち、使用賃借契約をしたことは認める。右使用貸借の目的は、乙竹子(乙花子の母)と乙花子が本件建物に居住することを前提に、本件建物の所有を目的としたものである。

(二) 抗弁3(二)のうち、乙松夫の死亡の事実、本件建物の承継に関する事実は認めるが、その余の事実及び主張は争う。本件使用貸借は、乙松夫の死亡により昭和五三年五月三一日終了した。

(三) 仮にそうでないとしても、本件使用貸借は、次の事由により終了した。

(1) 目的終了

乙花子は昭和二八年一〇月中華人民共和国に帰国し、乙竹子は昭和二九年一二月に死亡した。

よって、使用貸借の目的は終了したから、前記使用貸借は、遅くも昭和二九年一二月末日をもって終了した。

(2) 使用貸借をなすべき期間の経過

右使用貸借契約時から既に四〇年間を経過し、本件建物も著しく老朽化しており、使用収益をするに足りる期間が経過した。

被控訴人は、本訴提起により、右使用貸借の解約申入れをした。

五  被控訴人の四の主張に対する控訴人の認否及び反論

1  賃借権放棄の主張について

乙松夫が丁川竹蔵から承継した本件土地の賃借権を放棄したことはない。乙松夫は、乙花子の帰国後も、乙花子の承認を得て、本件土地の固定資産税・都市計画税を支払ってきた。

2  使用貸借の終了について

(一) 使用貸借の目的終了の主張について

乙花子が主張のころ帰国したこと、乙竹子が主張のころ死亡したことは認めるが、使用貸借の目的が終了したとの主張は争う。

(二) 期間の経過による解約の主張について

争う。

第三証拠《省略》

理由

一  本件土地所有権の帰属について

1  本件土地をもと戊川松蔵が所有していたことは、当事者間に争いがない。

2  本件土地の取得者について

被控訴人は、乙花子が昭和二一年九月一四日ころ又は昭和二二年五月二二日ころ、戊川松蔵から本件土地を買い受けて乙花子が所有権を取得したと主張するのに対し、控訴人は、乙花子の父である乙松夫が買い受けて乙松夫が所有権を取得したものであると主張するので、検討する。

(一)  《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 乙松夫は、台湾出身の中国人で、第二次大戦前東京において製薬会社を経営していた者であるが、台湾の資産家の娘であった乙竹子と結婚し、その間に娘の乙花子をもうけた。また、乙松夫は、妻以外にも丙川梅子を含む多数の女性と婚姻外の関係を生じ、これらの女性との間にも十数名の子供をもうけた。乙松夫は、これらの女性のところを渡り歩いて、正妻である乙竹子のもとに泊まることはめったになかった。

(2) 本件土地は、前記のとおり戊川松蔵の所有で、地上に丁川竹蔵所有の本件建物があり、丁川は戊川から本件土地を賃借していた。

(3) 乙竹子と乙花子は、戦前、板橋区大山に居住していたが、戦災のために焼け出された。乙松夫は、正妻である乙竹子とその子である乙花子の居住用にするつもりで、丁川から本件建物を買い受け、昭和二一年九月一四日乙松夫名義で所有権取得登記をした。また、右と同時か少し後に、乙松夫が買受けの交渉をして戊川から本件土地を取得し、昭和二二年五月二二日乙花子の名義で所有権取得登記をした。

(4) 当時の乙松夫の職業及び収入状況は明らかではないが、蓄財はあったもののごとくである。また、正妻の乙竹子にも資産があり、他から融資の依頼があるほどであった(乙竹子の弟で当時都内に居住していた丁梅夫も相当の資産を有していたが、その丁梅夫も乙竹子から一時的に資金を借りたりした。)。乙花子は、当時学生で、本件土地を取得できるだけの収入や資産はなかった。

(5) その後、本件建物には正妻である乙竹子と乙花子の母子二人が居住し、本件建物の旧所有者の丁川竹蔵も病気のため、昭和二四年一二月ころまで本件建物に居住していた。

乙松夫は、昭和二二年ころから同年暮れ又は昭和二三年初めころまで、甲田菊子を本件建物に住まわせた。

被控訴人は、昭和二二年に乙花子と婚約して、本件建物によく出入りするようになり、昭和二四年四月に婚姻して本件建物に住むようになった。

昭和二三、四年ころになって、乙松夫は、婚姻外の女性の一人である丙川梅子とその子である丁原春子、戊田夏子、乙一夫、丁田秋子、丙田冬子の親子六名を本件建物に同居させた(《証拠省略》中には、丙川梅子が子供を置いて家出したので、乙松夫が丙川梅子の子供だけを同居させたものであるとの被控訴人の供述があり、《証拠省略》中には、丙川梅子も本件建物に移る前に子供を置いて実家に帰ったことがあるとの丙川梅子の供述があるが、そのために子供だけが本件建物に住むようになったとの点は否定しており、この点は確定しがたい。もっとも、控訴人丙川梅子は、本件建物に住むようになってからも、子供を置いて出て行ったことがあるので、本件建物に継続して住んだわけではない。)。

(6) その後、昭和二八年一〇月、乙花子は、夫の被控訴人の研究及び仕事のため、被控訴人とともに中国本土に行くこととなったが、いずれも日本との間を往来するつもりで、長男のみを連れ、双子の二、三男は本件建物に置いて乙竹子に養育を委ね、また、本件土地を含む財産の管理も乙竹子に依頼して、上海市に渡った。

昭和二九年一二月、乙竹子が死亡した。乙花子は、その後の二、三男の養育及び財産の管理を丁梅夫に依頼し、さらに昭和三三年ころには二、三男を中国に引き取った。

(7) その後、乙松夫は、本件建物をマンションに建て替える計画を立て、昭和四七、四八年ころ、本件土地の名義人である乙花子の承諾を求めるために渡中したが、その条件(土地の代わりに乙花子に提供するマンションの床面積)について折り合いがつかず、乙花子の承諾を得ることができなかった。

(8) 後述のとおり、乙花子は、昭和五一年一一月三日上海市で死亡し、乙松夫も、昭和五三年五月三一日東京で死亡した。被控訴人は、昭和五三年九月に再来日し、昭和五六年ころから乙一夫らに本件土地の返還を求めた。

(9) 本件土地の固定資産税・都市計画税は、乙竹子が死亡してから、乙松夫あるいは乙一夫が乙花子の名義で支払い、被控訴人が再来日して後昭和五六年ころから被控訴人が支払うようになった。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  ところで、被控訴人は、乙竹子が乙花子のために本件土地の買受代金を負担したと主張するが、以上の事実からこれを推認するにはいまだ十分でなく、また、《証拠省略》によってもこれを認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

他方、控訴人は、本件土地は乙松夫が買い受けたもので、乙花子の名義を借りたものにすぎないと主張するが、その当時、乙松夫が乙竹子の名義を借りる必要性があったことを認めるに足りる証拠がないばかりでなく、仮にその必要性があったとしても、本件土地建物のどちらも自己所有とする趣旨であれば、同じころに取得した本件建物についてはどうして乙花子の名義を借りなかったのかを合理的に説明するに足りる証拠がない。

かえって、前記認定の事実からすると、(1) 乙松夫と乙花子の前記の身分関係に照らし、乙花子のためにその名義で居住用の不動産を取得してもおかしくはないこと、(2) 本件土地について、乙花子名義で所有権取得登記がされていること、(3) (一)(7)のとおり、乙松夫は乙花子を本件土地の所有者として扱っているとみうること、等が明らかであり、これらによると、乙松夫は、乙花子のために(乙花子を代理して)、本件土地を戊川から買い受けたものであって、その所有権は乙花子が取得したと認めるのが相当である。

《証拠省略》中の右認定に反する部分は、後に伝聞した結果を述べているもので、その正確性には疑問があり、また、《証拠省略》中右認定に反する部分は、簡略にすぎてその内容が必ずしも明らかでないから、いずれも直ちに採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、本件土地所有権は、買受けの当初から乙花子に帰属したものというべきである。

3  乙花子の相続関係について

(一)  乙花子が中華人民共和国の国民であること、乙花子が昭和五一年一一月三日上海市で死亡したことは、いずれも当事者間に争いがない。

したがって、法例(平成元年法律第二七号による改正前のもの)二五条により、乙花子の相続関係は、その本国法である中華人民共和国の法により律せられることになる。

(二)  弁論の全趣旨によると、中華人民共和国においては、私有財産の認められる範囲は限られており、土地は国有であって、私有はほとんど認められていないと認められる。しかし、中国人が外国で土地を所有することは禁止されていないと解される(《証拠省略》によって認められる中華人民共和国民法通則(一九八六年四月一二日、第六期全国人民代表大会第四回会議で採択。)一四九条参照)。

乙花子の死亡当時、中国には相続に関する単一法はなく、控訴人の指摘する一九五〇年中国婚姻法の中に「父母と子は相互に遺産を継承する権利がある。」との規定があるにとどまった。これは、婚姻法・親族法の理念に相応させた親子関係に関する一般的な規定と理解されるのであって、相続人の範囲や順位等の具体的問題については、明文の法規は存在しなかったものと理解される。

(三)  ところで、《証拠省略》によると、乙花子の死亡後、被控訴人が中華人民共和国上海市高級人民法院に対し、事実関係を明らかにして、相続関係の証明を求めたところ、同法院の公証員は、昭和五一年一二月二九日付けの継承権証明書を発行し、中華人民共和国法に基づき、日本にある乙花子の相続財産(本件土地)については、乙花子の夫である被控訴人、その子である甲一郎、甲二郎、甲三郎、甲花枝の五名が継承すべきである旨を証明したことが認められ、これに反する証拠はない。そして、《証拠省略》によると、同法院公証員の右継承権証明書は、現在の公証機関の公証員が作成した公証書と同等の域外証明の法的効力を有するものであることが認められる。

そうすると、右継承権証明書が誤りであるとすべき特段の根拠の認められない本件においては、右証明書の公証内容が当時の中国の不文法を適用した結果を有権的に証明したものと推定されるから、本件土地の所有権は、乙花子の本国法により右の五名が共同相続したものと認められる。

(四)  また、《証拠省略》によると、その後、被控訴人の指摘する一九八五年中国継承法が制定され、相続に関する単独一般法が成立するに至ったのであるが、同法の三六条では、「中国公民が中華人民共和国外にある遺産を相続するときは、不動産については不動産所在地の法律を適用する。」と規定していることが明らかである。

そして、《証拠省略》によると、一九八五年中国継承法を制定した人民議会において、「同法施行の前に開始した相続については、施行前に既に遺産が処理されている場合は改めて処理しないが、施行時に未処理の場合は同法を適用する」旨の説明がされたこと、また、中国最高人民法院は、同法の運用について見解を示し、「人民法院は、同法が発効する以前に既に受理し、発効時にまだ審結していない継承案件に対して同法を適用する」としていること、これは、同法発効前の継承案件に対する法律適用問題についての基本原則と精神は同法の内容と一致しているとの考え方に基づくものであることが認められ、これに反する証拠はない。

一九八五年中国継承法の遡及的適用を宣明した右人民議会の説明あるいは人民法院の見解等は、中国の法制を明らかにするものであり、同法三六条の在外財産の相続についての前記抵触規定も右遡及的適用の対象となるものであるところ、我が国における抵触問題の処理について、これらによることを排斥しなければならない理由は認められない。

(五)  そうすると、本件土地の相続については、前記(三)の高級人民法院の公証員の発行した継承権証明書により既に処理された継承案件とみることもできるが、もし未処理案件であるとすると、乙花子の本国法として一九八五年中国継承法三六条の規定が遡及的に適用され、反致により不動産所在地である日本法が適用されるべきことになる。

いずれにせよ、本件については、前記被控訴人と乙花子の子の五名が共同相続したと認めるべきである。

4  遺産分割について

《証拠省略》によると、乙花子の夫である被控訴人と乙花子の子供四名が、昭和五六年一二月八日、遺産分割協議をして、本件土地を被控訴人の単独所有とすることに合意したことが認められる。

そして、3に説示したところからすると、遺産分割についても、乙花子の本国法として、一九八五年中国継承法三六条の規定と同一の反致規定が適用されることにより、不動産所在地の日本法が適用されるものと認められるから、右遺産分割協議は、有効にされたものである。

5  以上のとおり、本件土地の所有権は、乙花子が取得し、被控訴人と乙花子の子が相続し、遺産分割により被控訴人の単独所有となったものである。

二  本件土地の占有について

控訴人が本件土地上に本件建物を共有して、本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。

三  占有権原の抗弁について

1  賃借権の設定について

丁川竹蔵が本件土地を当時の所有者戊川松蔵から賃借し、本件建物を所有していたこと、乙松夫が昭和二一年九月一四日ころ本件建物を取得したことは、先に認定したところである。

乙松夫が乙花子のために本件土地を買い受け、これにより乙花子が本件土地の所有権を取得した時点が右本件建物取得と同時であるのか、登記原因として記載されている昭和二二年五月二二日ころであるのかは、判然としないが、いずれにせよ、本件土地を買い受けて以降、本件建物所有者である乙松夫が乙花子に地代を支払っていたことを認めるに足りる証拠はない上、乙松夫と乙花子が親子であることにかんがみると、乙松夫は、本件建物を取得する際、丁川の有していた賃借権を承継しなかったか、本件土地を乙花子のために取得した時点で、賃借権を放棄したものと認めるのが相当である。

その後、乙松夫又はその承継人が乙花子から賃借権の設定を受けたことを認めるに足りる証拠はない。前記認定のとおり、乙花子が昭和二八年一〇月に渡中し、乙竹子が死亡した後、乙松夫が本件土地の固定資産税・都市計画税を支払っていたことが認められるが、この事実から、賃借権が設定されたと認めることは到底できない。

そうすると、控訴人の賃借権設定の抗弁は、採用できない。

2  地上権の設定について

控訴人は、乙松夫が本件建物を取得し、乙花子が本件土地を取得した際、地上権の設定を受けたと主張する。

前記認定の事実に照らすと、乙松夫は、主として、本妻である乙竹子とその間の子である乙花子の居住のために、本件建物を取得し、かつ、本件土地を乙花子のために買い受け、乙花子に本件土地の所有権を取得させたものであって、乙松夫の婚姻外の女性やその間の子供を恒久的に居住させるために本件建物を取得したとは認めがたいところである。

そして、右の事実と、乙松夫と乙花子の身分関係、本件土地の使用について対価の定めがないこと、地上権設定の契約書が交わされていないこと、地上権設定の登記がされていないこと(これらが地上権成立の要件でないことはもとよりであるが)、その他前記認定の事実を併せ考えると、乙松夫と乙花子とが本件建物のために本件土地に地上権を設定したものとは、到底認めがたいところである。

3  使用貸借について

(一)  本件土地につき、乙松夫と乙花子との間で、本件建物の所有を目的とする使用貸借関係(以下「本件使用貸借」という。)が成立した事実は、当事者間に争いがない。

(二)  そこで、本件使用貸借が終了したかどうかについて検討する。

借主の乙松夫が昭和五三年五月三一日に死亡したことは、当事者間に争いがないから、特段の事情のない限り、民法五九九条により、本件使用貸借は効力を失ったものというべきである。

もっとも、控訴人は、貸主である乙花子は借主の乙松夫のほかに丙川梅子母子が現実に本件土地を使用していることを認識し、かつこれを認容していたのであるから、このような場合には、借主が死亡しても使用貸借契約は終了しないと主張する。

しかしながら、前記認定の事実によれば、本件使用貸借は乙花子と乙松夫の親子関係に基づいて成立したものであって、乙花子と丙川梅子との間の身分関係や信頼関係に基づいて成立したものでもなければ継続してきたものでもないこと、丙川梅子母子は本件使用貸借が成立した後に本件建物の一部に同居したものであるが、それは専ら乙松夫との特別な関係から同人に依存する居住であり、乙松夫との関係を離れて独立に主張しうるようなものではなく、また、乙花子から本件土地そのものの直接の使用者として許容されたものではないことが認められる上、その後、乙花子ないしその相続人と丙川梅子母子との間に使用貸借の継続を基礎付けるに足りるような信頼関係が成立したことを認めるに足りる証拠もない。また、本件使用貸借は、乙松夫が主として乙竹子及び乙花子母子を居住させるために本件建物を取得し、そのころ又はその少し後に乙花子が本件土地を取得したことから設定されたものであるところ、乙松夫の死亡した時点では、本件建物には乙竹子も乙花子も更にその子も居住していなかったのであるから、乙松夫の死亡後も本件使用貸借が継続しているとすべき事情はないと認められる。

そうすると、控訴人の右主張は採用できないから、本件使用貸借契約は、借主乙松夫の死亡により既に効力を失ったものであり、控訴人がこれを援用することはできない。

なお、《証拠省略》を総合すると、本件使用貸借が成立してから既に四〇年以上が経過し、本件建物も著しく老朽化していることが認められる。したがって、民法五九七条の定める使用貸借の終了事由である「使用及ヒ収益ヲ為スニ足ルヘキ期間ヲ経過シタルトキ」にも該当することが明らかである。

以上のとおり、本件使用貸借は終了したものと認められる。

4  したがって、控訴人には、本件土地の占有権原がない。

四  結論

以上の次第で、被控訴人の控訴人に対する本件土地の明渡請求は理由があるから、原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。よって、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 岩井俊 小林正明)

<以下省略>

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